Sちゃん日記13

今日から小説風に書いてみる試み。

小説を書く練習にもなるから、一石二鳥です。
 7時に携帯電話のアラームが鳴った。斉藤和義の「歌うたいのバラッド」の着うたが寝起きの頭に、やさしく響いてくる。

 隣で眠っていたSちゃんが目を覚ます。わたしは手を伸ばして、携帯電話から流れる「歌うたいのバラッド」を消し、Sちゃんに「おはよう」と挨拶をする。Sちゃんは、まだ眠たそうに「おはよう…今、何時?」とわたしに尋ねた。「7時だよ」と答えると、Sちゃんは「そっか…」と言い、「もう少し寝ようっか…」と付け加えて言った。「うん」と短く答え、Sちゃんの腕の中に潜り込んで、目を閉じた。

 そうして、気付けば時計は7時半を回っていた。シャワーを浴びる間もなかったが、でもあたたかな幸福感に包まれていた。わたしにとって、Sちゃんの存在はとても大きいようだ…と他人事のように、小さな分析をする。そんなことをしながらも、ゆっくりと丁寧に出かける支度をする。着替える、顔を洗う、髪の毛を梳く、TK(TAKEO KIKUCHI)の腰鞄に荷物を詰める。

 Sちゃんは束ねていた髪の毛を結びなおす。その仕草を見つめていて、その仕草がとても好きなことにわたしは気付く。Sちゃんの長い髪。うっとりと見つめてしまう。でも、Sちゃんはわたしがうっとりしていることに気付かない。気付かれないように見つめている。

 そして、Sちゃんとキスをする。おはようのキス。ふたりの大好きなキス。さて、ふたりの、それぞれの一日が始まった。

 時刻は8時15分。部屋に鍵をかけ、ふたりは手を繋ぎ、駅まで歩き出した。手を繋ぐのは、Sちゃんから手を差し出してくれる。いつもその手を握り、ふたりは手を繋ぐ。Sちゃんの手のぬくもりは、わたしのこころをホッと安心させてくれる魔法の手だ。

 お互いの一日の予定を話しながら駅までの道のりをいく。ふふふふ、とわたしは笑い声がたえない。Sちゃんの話はきれいに弾んでいて楽しさを感じさせてくれる。Sちゃんは「何が面白いん?」と言いつつ、わたしにつられて笑顔になる。その笑顔も好きだ。

 のんびりと歩く。でも、Sちゃんと話しながら歩いていると、あっという間に目的地にたどり着いてしまう。そして、世界はとても美しい。

 わたしは、始めたばかりのバイトを辞めることにした。なぜ辞めるかというと、分かりやすくいえば、全く合わなかったのである。身体は拒否反応を起こし、トイレで嘔吐した。店長はわたしの体調の悪さに呆れていた。店長の期待を裏切るようで、とても申し訳なかった。裏切るようで、というよりも、わたしは裏切ってしまったのだ。

 辞めるバイト先の制服を洗濯して返却しなくてはならないので、そこへ向かわなくてはならなかった。Sちゃんはその付き添いだ。いつもわたしはSちゃんを何から何まで付き添わせているような、そんな気がしてくる。バイトをしていた時、朝はバイトへ行く時に見送ってもらった。Sちゃんにはバイト頑張って、のキスをしてもらってお別れしていた。そのキスもしばらくの間はなくなることになる。

 バイト先には早く着きすぎてしまって、まだシャッターが重く閉ざされていた。それは辞めるということの重圧を感じさせた。シャッターが開くまで時間があったので、Sちゃんとカフェでモーニングを取ることにした。

 カフェは空いていて、ゆったりとした時間を過ごすことができた。Sちゃんは、ホットコーヒーにコーヒーフレッシュ(ミルク)を3個か4個入れ、グラニュー糖を3袋入れた。「入れすぎだよ」と笑うわたしに、「俺はこのくらいが丁度いいの」と言い、トーストに手を伸ばしていた。わたしはホットティーにレモンを入れ、ストレートのレモンティーにし、ミックスサンドを食べていた。ミックスサンドの具をぽろぽろ汚くこぼしながら食べていた。Sちゃんに「汚い」と笑われ、「うちって食べるの汚いんやもーん」と言って笑い返し、気にせずホットサンドを頬張っていた。

 ミックスサンドのひとつを食べ終わった頃には、もうバイト先のシャッターが開く時間になっていて、急いでバイト先へと向かった。しかし、バイト先とは反対方向に進んでいたので、Uターンをし、SちゃんにUターン姿を見られていないかしら…見られていたら恥ずかしいわ…と思いながら、急ぎ足でバイト先へと向かった。

 バイト先のシャッターは開いていて、店の明かりもついていた。店の中に入り、店長に「おはようございます」と挨拶をした。店長はいつもと変わらぬ口調で「おはよう」と言った。わたしが辞めることを最初から予測していたのだろうか、と今となってはどうでもいいことを考えながら、事務所に入って、制服を取りに入った。短い間だったが、わたしが着ていた制服を手に取ると、こころに何かが浮かんだような気がした。でも、それが何なのか分からなかった。

 事務所を出て、店長に「今までありがとうございました」と言い、「うん、ご苦労さん。制服、ちゃんと返してくれよ」と言われ、「はい」と返事をして社交的な会話は終わった。「失礼します」、そう言ってわたしは制服を手に店を出た。急いでSちゃんのいるカフェへと向かった。

 カフェに帰ってきたわたしに、Sちゃんは「お疲れさん」と言った。「うん」と言い、席に座った。制服を入れる袋を持ってくればよかった、と握り締めている制服を手に思った。「店長からは、何か言われたんか?」と尋ねられた。「ううん、何も言われなかったよ」と言い、冷ましておいたレモンティーを飲んだ。「そっか」と安心したように言い、Sちゃんはコーヒーを口にした。そして、Sちゃん特製のコーヒーを味見した。わたしは「…これは、入れすぎやから(甘さはまだよかったけれど、ミルクがすごかった)」と言い、笑った。Sちゃんは「そう?」と笑い返して、ミルクを入れすぎているコーヒーを飲み干した。そして、煙草に火をつけ、ふうっと煙を吐き出した。

 煙草を吸いたくなったが、我慢した。最近、Sちゃんにもらい煙草をしていて、煙草を吸うのが癖になると嫌だったからだ。お酒は飲んでもいいと思っているが、煙草を吸っていいとは思っていない。でも、吸われるのは平気だ。むしろ、吸う姿が似合うというか、かっこいいと思わせてくれる人が好きだ。

 Sちゃんが煙草を1本吸い終わった。Sちゃんに「さて、行きますか」と言われ、「行きますか」と答え、席から立ち上がった。空っぽになったお皿とティーカップを乗せたおぼんを返却口に返し、手を繋いで店を出た。「さっき、バイト先に行くんに、逆方向に行ってまったわ…」と苦笑いして告白すると、「そうなんか、帰るんはこっちやで」と笑われ、バイト先とは逆方向へ向かって歩き始めた。

 「朝からいちゃいちゃ何いちゃいちゃしてんねん、とか思われてそうやな、俺ら」とへらへら言いながら、駅へと歩いていた。「ええやん、手繋いで歩いてるくらいさー」と笑顔で答え、手をぎゅっと握り返した。

 そんなSちゃんとのある朝のひと時。幸せを感じた、朝。